取り組み・事業

課題解決型フィールドワーク『引退競走馬のセカンドキャリア構築による人馬のウェルビーイング』を開講しました

活動報告2023.12.14

 オータムセッション期間の2023年9月13日(水)、14(木)、19(火)の三日間、課題解決型フィールドワーク『引退競走馬のセカンドキャリア構築による人馬のウェルビーイング』を開講しました。全学共通教育プラットフォーム科目として全学部に開講され、定員上限20名での授業実施となりました。
 本授業は、法政大学2022年度(第6回)「自由を生き抜く実践知大賞」において「よき師よき友が選ぶ実践知賞」を受賞した『人馬のウェルビーイング』研究※1を元に形成され、同研究チームの一員であるスポーツ健康学部高見京太教授によって開講されました。
 
 本授業では、講義とフィールドワークを通じて、「人馬のウェルビーイング」の理念を元に「引退競走馬のセカンドキャリア構築」における課題と、実現するための手法を理解し体感することに主眼を置きました。
授業の組み立てとしてはまず、馬の生態を理解すると共に「競馬」を学術とスポーツの両面で学習する事でスタートとしました。次に、アスリートである競走馬が引退後に「リトレーニング/グラウンドワーク」※2という手法を用いられ、馬術など新たなスキルを身に着けていく過程を学生自身が体感しながら学習しました。最後に、リトレーニングされた本学馬術部の引退競走馬への触れ合いと乗馬を通じて、馬の温かさや優しさを体感しながら実践的に学習出来る構成としました。
 
 初日の9月13日(水)は午前中に川崎校地会議室にてガイダンスと基礎講義を実施し、その後、横浜市中区根岸台の「馬の博物館」(公益財団法人 馬事文化財団)へ移動しました。
講義冒頭、伊丹徳行学芸員より、わが国初の本格的な洋式競馬施設である旧根岸競馬場のスタンド「一等馬見所」(近代化産業遺産)をご案内頂きました。緑あふれる根岸森林公園内に佇む壮観なスタンドに、受講生も一様に驚いた様子でした。
博物館では日高嘉継学芸部長より、貴重な展示資料の数々を前にしながら日本競馬史の講義を頂きました。中でも、日本において歴史上初めて天皇杯の下賜を受けたスポーツが「競馬」であるという事実をレクチャー頂き、競馬の歴史の奥深さに接することとなりました。
合わせて馬の生態と進化の講義を受け、馬と人類との密接な関りを含めて現代にも繋がる貴重な学びを得ることが出来ました。総じて、学芸員の先生方にとても熱心に「馬」と「競馬」を学術的にご講義頂いたことで、普段の学部教育とは一味違った大変有意義なひと時を過ごすことが出来ました。
 
 その後、初日最後のフィールドワークとして川崎競馬場(神奈川県川崎競馬組合)を訪れました。当競馬場において大学生が授業で訪問することは初めてとのことで、本学として大変名誉な機会に恵まれ、ありがたく歓迎を頂きました。
 大きな臨場感を伴って観戦できる当競馬場においては、「競馬」をスポーツとしてフォーカスし、そこで躍動するアスリートたる「競走馬」を間近で観察することを主題としました。パドックでは、臨戦態勢に入った競走馬の活発な歩様を観察し、レースではコースサイド最前列で、全力疾走する大迫力の競走馬たちを直に体感しました。加えて、今回は当競馬場からの特別なお取り計らいにより、スタンド5階の上層階からレースを俯瞰して観戦する貴重な機会を得ることが出来ました。
 当競馬場のフィールドワーク全体を通して、競走馬が人間のスポーツ選手と同様に、レース本番に向けて心身を研ぎ澄ませて臨む姿勢や、レースにおいて勝利を目指して躍動する華麗な姿を、スポーツの視点を用いて学び取ることが出来ました。
 最後に当競馬場を司る武川晴俊副管理者兼事務局長より、本授業の取組みについて高く評価を頂き、競馬場でのフィールドワーク実施についても最大限の歓迎の意を表して頂きました。
 
 二日目の9月14日(木)はJRA日本中央競馬会(以下JRA)より講師をお招きし、「引退競走馬のセカンドキャリア構築」に則した実践的レクチャーを頂きました。午前中に多摩キャンパス城山校地馬術部馬場においてフィールドワークを、午後はスポーツ健康学部棟で座学講義を実施しました。フィールドワークでは馬術部員が講義サポートを担い、馬術部の引退競走馬たち※3が実演を務めてくれました。
 午前中のフィールドワークでは、まず初めにJRA馬事公苑診療所の宮田健二所長より「引退競走馬のリトレーニング/グラウンドワーク」について解説を頂きました。実演を馬事公苑普及課の間裕職員と安藤潤職員が担当され、馬術部で繋養している引退競走馬ルアオレ(6歳牝馬)をデモンストレーションに使用しました。ルアオレは2021年6月1日(火)に本学へ入厩し、当初よりこれまで馬術部の歴代キャプテン3名(99代キャプテン太田直希選手、100代キャプテン武内慶太選手、101代現キャプテン加藤優那選手)が継続してグラウンドワークを施してきた馬です。各職員よりルアオレのグラウンドワークに対する理解度や実践具合について非常に高い評価を頂き、これまでのキャプテンたちとルアオレの努力が報われた瞬間となりました。具体的には、引き馬での前後のコントロールから、様々な刺激に慣らす「鈍化」作業まで適格に受け入れられる資質があり、ルアオレが人(学生)をリーダーとして認識し、人(学生)との良好な関係を構築出来つつある状態であるという評価を頂きました。 
 直近の2023年8月5日(土)に馬術部へ入厩したヤマニンパンタジア(4歳牝馬)についても、入厩から約1か月に渡る「リトレーニング/グラウンドワーク」に対して、間職員よりお褒めの言葉を頂きました。同馬を担当しており、授業のサポートに就いていた馬術部員4年生福田美月選手と3年生松本東馬選手も、喜びと充実感に満ちた笑顔でヤマニンパンタジアを労っていました。他の馬術部の引退競走馬7頭についても間職員と安藤職員にチェックを頂き、それぞれの馬たちの状態分析を行って頂きました。加えて、講義のサポートに入った各馬術部員たちのグラウンドワークスキルについても講評を頂き、過去2年間※4に渡ってJRA職員の皆様よりご指導を頂いた内容が、確実に継承と定着がなされているとの光栄なコメントを頂きました。
 競馬場で全力疾走していたアスリートたる競走馬が、体系立てられた正しい「リトレーニング/グラウンドワーク」を施されることで、人(学生)との信頼関係を構築して充実したセカンドキャリア(馬術競技・触れ合い活動など)を形成する過程を、受講生並びに馬術部員の全員で学習することが出来ました。
 その後高見教授より、馬のお世話である馬房清掃や飼料準備などの実践講義があり、受講生たちは馬を養う基礎的活動を体験し、馬の健康管理の大切さや難しさを体感しました。
午後はスポーツ健康学棟へ移動し、JRA馬事部馬事振興室馬事振興課の田中健志課長補佐より、「JRAが推進する馬事振興」について講義を頂きました。特に、引退競走馬の現状の処遇や今後の展望についての重点的な講義となりました。各事業所での馬事イベントへの取組み紹介、「競走馬のアフターケアに関する国際フォーラム(IFAR)」でのスポンサー活動、国内における「引退競走馬に関する検討委員会」の設置など、JRAの具体的取組み実績を数多くレクチャー頂きました。
 JRA職員の皆様より実践的なフィールドワークと学術的アプローチの両側面から講義を頂いたことで、受講生にとって大変中身の濃い時間となり、引退競走馬への理解を更に深めることが出来ました。
 二日目の最後には、高見教授の講義において「引退競走馬の利活用の場面で想定される課題」をテーマにしたグループディスカッション及びプレゼンを行いました。馬・競馬に対する知識の大小に関わらず、各受講生から強い批評から大きな賛同まで活発な意見が飛び交い、様々な観点から議論が交わされました。
 
 最終日の9月19日(火)午前中は、多摩キャンパス馬場でのフィールドワークとして、研究チームの一員であるNPO法人日本障害者乗馬施設フューチャーバレー理事の深野聡講師より、「人馬のウェルビーイング」の理念に基づいた引退競走馬への体験乗馬と正しい触れ合い方の講義を実施しました。初日と二日目の講義で、「競馬」から引退後の「リトレーニング/グラウンドワーク」というセカンドキャリア構築過程を実践的に学習してきた中で、最終日は受講生が「引退競走馬」にとても深く厚く接する機会となりました。
 フィールドワークではまず初めに深野講師より、馬体や馬装に関するレクチャーがありました。受講生たちはより一層引退競走馬に間近で接し、ブラッシングをして綺麗に整えてから騎乗するまでの正しいアプローチを学びました。
 そしていよいよ、馬術部員たちのサポートを受けながら引退競走馬(ヤマニンリンクス14歳騙馬、セレステアルスター9歳牝馬、ラジュンジェレ7歳牝馬、マイラニ6歳牝馬)への体験乗馬の時間となり、受講生は皆存分に馬の背中の心地良さを楽しみました。初日に競馬場において観察した、激しく闘志を漲らせて疾風の如く駆け抜けていた競走馬が、「リトレーニング/グラウンドワーク」を適切に施されることで、人(学生)をリーダーとして信頼して騎乗時にも穏やかに受け入れてくれるという、「引退競走馬のセカンドキャリア構築」の実現現場を、全員が身をもって体感出来た瞬間となりました。
 乗馬体験後は、大切な馬の手入れを深野講師のレクチャーの下で、研究チームが志向して実践している安全に配慮しプログラムに沿って、受講生が自ら実践しました。馬の脚を持ち上げてデリケートな蹄の洗浄をしたり、優しくしながらも汚れをしっかりと拭う動作に力を込めて馬の顔を拭いたりと、馬たちへの感謝の気持ちを込めて全員で取組みました。手入れの最後には、ご褒美の青草を受講生自らの手で馬たちへ給餌することで人馬の距離も一層縮まり、皆笑顔で寄り添いながら記念撮影をするなど、実践的な学びの多い濃密な時間を過ごすことが出来ました。(研究チームにおいて「人馬のウェルビーイング」の理念の下で、人馬双方の心身を整えたり、リフレッシュ出来る「触れ合い方」を考案しており、研究を積み重ねて学術的に構成されたものが本講義の「触れ合い方」となります。)
 午後には本授業の最終講義として、研究チームの一員である現代福祉学部佐野竜平教授より、「引退競走馬を用いた人馬のウェルビーイングの可能性」をテーマとした講義が実施されました。佐野教授の専門であるアジアの視点で見てみると、日本の軽種馬産業の中心である北海道日高地方の競走馬育成施設では、インドを中心に数多くの外国人材が技能を有する騎乗員として従事しています。日本人の担い手不足から、今や彼ら外国人材の力が無ければ軽種馬産業は成り立たない状況にあります。競走馬を育成する現場で活躍する外国人材と共存する工夫や考え方について、佐野教授から受講生へ問い掛けがあり、一人ひとり考えながら意見を述べ合いました。そして将来的には、「人馬のウェルビーイング」の理念をアジアの国々と共に創造し、アジア全体で引退競走馬の未来を形成していくという壮大な夢を、講義の最後に語り合いました。

 授業終了後には各受講生より、「馬の博物館では、日本最古の競馬場のスタンドを見ることが出来、競馬が古くから日本で親しまれていたことを知ることが出来ました。学芸員さんのお話はわかりやすく、書いていないことまで丁寧にお話して下さってとても良かったです。」、「川崎競馬場では、レースを上からや目の前で見ることが出来て躍動感があり、面白かったです。また、パドックでは走る前の馬の動きを見ることが出来、競馬の楽しみ方がわかりました。」、「競馬を見た後に馬術部の馬を見ることで、より馬の大きさを実感することが出来ました。馬も生き物であるため、厩務作業も欠かすことが出来ないと実感しました。」、「引退競走馬をテレビで見たことはあったのですが、実際に触れ合ったり乗馬したりするのは初めてだったので、とても貴重な機会となりました。」、「JRA職員というプロの目線からの講義だったり、佐野先生の少し違う視点からの授業もあったので、色々な視点から物事を捉えるということが出来て面白かったです。」、「この授業を通じて競馬や引退競走馬への理解を深めることが出来、また同時に馬の関係者(JRAや馬術部員の方)の馬への思いも知ることが出来ました。」、「大学の馬術部の馬に引退競走馬が使われていることなど知らないことが沢山あったので、とても興味深く、楽しく学ぶことが出来ました。」、「自分で体験してそれを元に考えるということが多く、課題を見つけたり、馬と触れ合って自分自身で考えるということが意外に難しかったです。」、「今回のフィールドワークは本当に貴重な経験をすることが出来、濃い3日間を過ごせました。講義やディスカッションを取り入れつつ、体験プログラムや見学プログラムも盛り込まれており、非常にバランスの良い授業であったと思います。」という様々な感想が寄せられました。

 三日間の本授業を通して受講生一人一人が自ら考え、『引退競走馬のセカンドキャリア構築による人馬のウェルビーイング』を学び体感することが出来ました。各専門家からの実践的な講義は、フィールドワークならではの学習であり、馬という我が国においては非日常のパートナーに接しながら、アクティブに学習活動を展開することが出来ました。
 今後も研究チームとして『人馬のウェルビーイング』研究を重ねていき、本学において引退競走馬を利活用した授業の展開を推進・創出して参ります。

 
※1「人馬のウェルビーイング」とは、引退競走馬を主に用いてスポーツ活動と研究教育活動の両輪に挑戦し、人馬双方の健康で幸福なくらしの実現を目指そうとする、本学研究チームが提唱する取組みです。研究メンバーは、スポーツ健康学部高見京太教授、現代福祉学部佐野竜平教授、体育会馬術部柏村晋史監督、NPO法人日本障害者乗馬施設フューチャーバレー深野聡理事。
 
※2「リトレーニング/グラウンドワーク」とは、JRA馬事公苑が体系立てて開発した引退競走馬への再調教技術です。人が馬を引き馬などの専門的な技術により、『あらゆる方向に』、『指示したスピードで』、『自由自在に』コントロールし、『人馬の信頼関係を構築』して『人が馬のリーダーになる為』の調教です。JRAとして「リトレーニング/グラウンドワーク」を大学の正課授業における講義形式でレクチャーすることは、本学が初めてのケースとなります。

※3 馬術部は北海道新冠町の錦岡牧場と提携しています。現在、錦岡牧場より9頭もの引退競走馬の寄贈を受け、JRA「リトレーニング/グラウンドワーク」を部員が実践し、人馬が共に成長していく方針の下で活動しています。
 
※4 2020年度並びに2021年度のスプリングセッションにおいて、「課題解決型フィールドワークfor SDGs」授業を高見教授が開講し、その中で「リトレーニング/グラウンドワーク」講義をJRA職員の皆様に講師を務めて頂いて実施しました。その際に馬術部員と引退競走馬たちは、技術的なご指導を頂きました。

「馬の博物館」の日高学芸部長による馬の生態・進化の講義
川崎競馬場             コースサイド最前列でのレース観戦
JRA馬事公苑診療所宮田所長によるグラウンドワーク解説       実演はJRA馬事公苑普及課間職員(馬は引退競走馬の「ルアオレ」6歳牝馬)
JRA馬事部馬事振興室馬事振興課の田中課長補佐より馬事振興について講義
深野講師の指導を受けながら緑豊かな馬場にて受講生が楽しく乗馬(馬術部員がサポート)(馬は引退競走馬の「マイラニ」(前方)6歳牝馬と「ラジュンジェレ」(後方)7歳牝馬)
フィールドワークの最後には人馬皆仲良く笑顔で記念撮影(馬は引退競走馬の「ヤマニンリンクス」14歳騙馬)