授業訪問とSmall Group Instructional Diagnosis
(アメリカ合衆国ワシントン州パシフィック・ルーテル大学)
学務部学務課FD推進センター担当 佛坂公子
2004年8月より10ヶ月間、アメリカのFaculty Development(FD)プログラムを学ぶため、海外職員研修制度でワシントン州タコマ市に滞在していました。1つの大学に籍を置き、FDに関する調査を行なうとともに、教員向けセミナーなどのFDプログラムに参加したり、教授会や教員採用面接に同席したりしました。また、カリフォルニア州やニューヨーク州、イリノイ州の大学に出向いて、教育テクノロジーやティーチング・アシスタント制度、研究型大学の教育についてインタビュー調査を行ないました。
私は職員ですから実際に教えた経験がありませんし、元来理解力が不足しているほうなので、FD研究をしたというよりは「私のFD見聞」といった滞在で、こうしてホームページに掲載していただくのも恥ずかしいくらいですが、いくつか行なった活動のなかで強く印象に残っているものがありますので、それを以下に紹介させていただきます。ご参考になれば幸いです。
授業訪問(Class Visit)
私の受け入れ先は、パシフィック・ルーテル大学(Pacific Lutheran University)という、学生数3,400名、教員数235名ほどの4年制宗教系リベラルアーツの教育型大学です。ここで、大学院を含む14コースの授業を訪問させていただきました。これまで大学職員として長年働いていますが、大学の事業目的の1つである「教育」の現場を見せていただく機会はなかなかありません。ですから、アメリカで行なった授業訪問はとてもエキサイティングで、先生方に対して尊敬の念を抱くことができました。
まず私の滞在目的を話し、「授業を見せてください」と言うと、先生方は何の抵抗もなく「いいですよ。いつでもウェルカムです」とおっしゃいます。先生によって、事前に学生の許可をとる方もいれば、「いつでも授業に直接来てくれていいですよ」という方もいましたが、どちらの雰囲気もウェルカムであることに違いはなく、驚かされました。なかには「あなたが見たいのは、私がどう学生をリードするかですか?学生がどう勉強するかですか?招へい講師の講演が聞きたいのですか?」と聞いてくださる先生がいて、シラバスの中から私のニーズに合った授業を選んで提示してくれました。授業後には必ず感想を聞かれ、率直な感想を言っても、フィードバックをしたことに対して非常に感謝されます。また、先生方が持つ教育哲学を話してくれました。
専任教員は1セメスタ(16週)3コースを週3コマずつ(一週に9コマ)の授業を担当しています。訪問した授業の分野は外国語・外国文学・看護学・広報戦略・コミュニケーション学・心理学・微積分学・東アジアの文化などで、クラスサイズは10-40名でした(学生と専任教員の比率は14:1)。当然のことですが、教え方はそれぞれの先生が独自の工夫をしていました。たとえば上級生向けの微積分学を教える際にもグループワークを取り入れており、興味深いと思いました。いわゆるインタラクティブ・ラーニングと思しきものもありました。共通して言えることは、授業の進め方・先生の話し方に、「学生が理解できているか」「学生が取り残されていないか」といった配慮があることです。教育(Teaching)は学生の学習(Learning)の理解度と呼応しているのだ、というように感じました。
採点済みのクイズ(小テスト)や課題は授業中に返却しますが、ここで学生から強い抗議にあう先生を目の当たりにしました。理由は「私は自宅で子育てをする忙しいかたわら学習しており、先生から前夜インターネットで指示された『論文の書き方に関する注意事項』を読むことができなかった。寮にいてインターネット環境が整っている他の学生とはあきらかに不利な立場にあり、前夜の指示はフェアじゃない」というものでした。日本では、学生が先生に面と向かって激しい口調で抗議するなど、私には考えられません。こういった学生を相手にしているアメリカの教員は大変だと思いました。
授業を訪問して、社会における教育の必要性を再認識するとともに、生身の人間を相手に教えるということが、負荷のかかる大変な仕事なのだと実感することができました。またぼんやりとですが、「アメリカは大学の大衆化が進んだと言われており、学生の理解度に配慮した教育が求められているのかもしれない。日本でも同じようなことが起きつつあるのだろうか...」と考えさせられました。
Small Group Instructional Diagnosis(SGID)
同じくパシフィック・ルーテル大学で、教員への授業方法のカウンセリングに立ち会いました。ワシントン大学で開発されたSmall Group Instructional Diagnosis(SGID)と呼ばれるもので、中堅教員が希望者の授業を見学し、カウンセリングをするというサポートシステムです。他大学のインタビュー調査では、カリフォルニア州サンタクララ大学のFD支援組織で、これを導入していると伺いました。
SGIDの方法を簡単に説明しますと、セメスタの中間地点で授業担当教員がクラスに来ない日を1日設け、代わりにまったく関係のない別の教員がクラスに来て学生の議論をリードします。学生は小グループに分かれて、その授業の良いと思う点・不満に思っている点・教員が学生に与える情報が明瞭でないと思う部分など、授業担当教員の教え方の強みと弱みを議論し、グループごとに配付されたプリントにまとめておきます。その後、グループごとにそれを発表し、ホワイトボードにまとめて全受講生の総意を作っていくというものでした。小グループごとに配付されたプリントとホワイトボードの内容はSGID担当教員が持ち帰り、それらの意見は、手書き文字から学生の個人名が特定されることのないよう、SGID担当教員によってタイプされ、授業担当教員に渡されます。
なお、SGIDに誰が申し込みをし、誰がSGIDを担当したかということはまったくの非公開でした。授業担当教員と学生の双方のプライバシー遵守が大前提となっているためです。また、SGID担当教員は始めに、「SGIDを行なってあなた方の意見を聞くことは、授業を担当する先生にとって大変勇気のいることです。それを行なうあなた方の先生は、とても勇敢で、その向上心は尊敬すべきものです」という説明を行なうので、学生はそのことに気がつき、ただやみくもに教員を批判することはありません。
幸いにも授業担当教員が私の知り合いだったために、事前打ち合わせ、SGIDの授業当日、事後カウンセリングまでの全プロセスに同席することができました。SGIDを受ける動機は教員によってさまざまだそうで、授業評価の前に学生の意見を聞き、その後の授業に生かして授業評価の点数を上げたい、という教員もいるそうです。私の知り合いは新任教員だったので、授業の進め方に迷うことがあってSGIDを希望したとのことでした。
先生方は授業をひとりで設計しているわけですが、特に新任の先生などは、たまに道に迷った時に、経験豊富な先輩の助言を受けられると心強いのではないかと想像します。アメリカには独自の教員採用・評価システムがありますが、その対極‐先生方のサポート役(ワームサイド)にFDがあることを知りました。教育者を祝福し、よりよい教育を推進し、サポートするのがFDであるとのお話をうかがい、大変印象的でした。