FDシンポジウム報告(2005年11月26日実施) 報告

FDシンポジウム報告(2005年11月26日実施) 報告

2005.12.16

法政大学FDシンポジウム
「『ゆとり教育』世代の大学入学を考える―大学は何をなすべきか」 報告

FD推進プロジェクト・リーダー 新田 誠吾 (経済学部教授)

今回のシンポジウムは,学内より学外の方からの申込みが多く,愛知大学,立命館大学,長崎大学からも参加者がありました。来場者は82名で,2会場を中継して行われました。

平林千牧総長の挨拶に続いて,メディア教育開発センターの小野博教授の基調講演「プレースメントテストの結果から見た大学生の基礎学力構造」がありました。

大学の新入生約7300名を対象に2004年実施したプレースメントテストによると,大学生の日本語力は5年前の調査に比べて大幅に低下していることが分かりました。高校3年以上の日本語力がある学生は,国立大では73%いますが,私大では43%で,短大ではわずか25%です。私大の19%,短大の35%は中学生レベルと判定されています。多くの私大や短大では,再読や精読を行って,文章作成のためのスキルや社会に対する関心を養成する日本語教育がすでに必要な段階に入っています。講演では,まず書いてみて,その内容が他の学生に伝わらないことを実感させた上で,書き直しをさせる「アクティビティ型コース」など,具体的な実践方法が紹介されました。

英語の学力も調査では低下しており,英文科など英語を専門とする学生を除いた私大生の35%は高校1年レベルで,33%は中学3年レベルという結果です。高校3年以上の英語力に達しているのは,19%しかいません。大学生の英語力は二極化しており,しかも学年が進むにつれ低下しています。小野先生は,現在のような画一的な英語教育をするのではなく,学力の低い学生にもリメディアル教育プログラムを提供し,仕事で使える英語力を習得させる必要があると締めくくられました。

次に,國學院高等学校と都立武蔵野北高等学校の先生からそれぞれ報告がありました。
まず,中村彰伸先生(國學院高)の報告「高校生の英語力―本校生徒にみる問題点と可能性」では, 高校生の英語力について,リスニング力を除くすべてに低下が感じられるが,知識面に限れば新旧の学習指導要領による違いは認められないという指摘がありました。これは,新課程移行後も,大学入試を目標にした同校の教育方針が大きく寄与していると考えられます。中村先生は,新課程の中学3年の英語教科書に掲載された総単語数を数えてみたところ,700語余りしかなく,大学入試の長文1題に満たないことに驚いたそうです。さて,公立中学でコミュニケーション中心の英語授業を受け,高校で文法や読解中心の授業を受けた高校3年生は,アンケートで「どちらの教育にも満足していない」と回答しています。中村先生は,「やらされる勉強」に対する反発があるのではないかと考えています。大学に望む授業として,生徒には実用志向があり,英語教員は「英語を使う授業」を想定していると紹介されました。大学は,徹底した学生のニーズ調査を行って,それに合わせた多彩な講座を展開すべきという貴重な提言もありました。

中島由貴先生(武蔵野北高)からは,「高校現場から見た生徒の学力と学習意欲・態度の変化―旧課程と新課程を比較して」と題して,理数系科目での学力変化と生徒の学習意欲・態度の変化について報告がありました。生徒のいわゆる「理科離れ」が起きている背景として,(1)中学での大幅な指導内容の削減,(2)それに伴う高校教科書の単元構成の改訂が指摘されました。高校の指導内容が中学範囲にまで及び,少ない時間数での「つめ込み型」になっていることや,生徒の他科目と共有する知識(「モル」,「浸透圧」,「イオン」など)の欠如が挙げられました。その結果,理系の生徒は,理科を1科目(同校では多くの場合,「化学I」)を学習するのが精一杯で,そのまま理科系の学部に進学しています。また,生徒の意欲の面でも低下が感じられ,目標に向かって努力する生徒よりも,現在の力で大学選びをする生徒が増えつつあるということでした。高校では,補習や個別指導を充実させて,生徒の興味や関心を引き出す教育を展開されています。最後に,大学に対しては,(1)「ゆとり教育」世代の学生を知ってほしい,(2)高校までに学習していない事項の習得,(3)入試の再考を提案していただきました。

それでは,こうした状況を予備校はどのように捉えているのでしょうか。
河合塾の成田秀夫先生には,「予備校から見えてくる学力問題―高校と大学をつなぐ視点―」と題する報告を行っていただきました。まず,現行「ゆとり教育」は,従来の「学力は学習時間に比例する」という学力観の延長線上にはないという指摘がありました。

ゆとり教育が教育現場に「何を教えればよいのか」という混乱をもたらしている一方で,日本社会は「意欲格差」(インセンティブ・ディバイド)による階層化が進行しています。今や高校は,ほぼ全員が進学する「進学校」,進学と就職が半々の「普通校」,ほぼ全員が就職する「職業校」に,三極化しています。大学も,研究中心の「研究大学」,専門教育中心の「教育大学」,教養教育中心の「教養大学」に分化しているのです。「教養大学」では,学生は「大学卒業のための居場所」を求めているだけで,専門教育をしようとすると学生のニーズとの間にギャップを生じる可能性があるというショッキングな指摘もありました。

河合塾では,大学の委託を受けて,入学前の講座や大学1年生向けの「日本語表現」講座を行っています。その場合でも,大学が予備校に”丸投げ”するのではなく,入学してくる生徒を大学が受け入れるという態度が重要だと強調されました。最後に,これからの大学教員は,授業をどのように構成するかを考える「コーディネーター」と,学生の学習を支援する「ファシリテーター」の役割が増大するという貴重な助言がありました。

第二部のパネルディスカッションでは,まず,コーディネーターの本学文学部の藤田哲也助教授から問題提起がありました。本学FD推進センターが,2005年10月に専任教員を対象に行った意識調査では,実施が望まれるリメディアル教育として,「英語」,「日本語(文章表現)」,「数学」が上位を占めています。また,初年次教育として「レポート・論文の書き方」,「一般的な文章表現」,「図書館利用法・文献検索」,「プレゼンテーションの仕方」,「コミュニケーション能力」,「大学における学問への導入」,「受講上・大学生活上のマナーやルール」が必要だと多くの教員が感じています。そこで,大学が「教えたいこと」を学生の「学びたいこと」にするための方策として,「学生の学習観を理解すること」,「多様な動機づけを認め,授業に活用すること」の2点を強調されました。つまり,答えを教えるのが教育ではなくて、答えを見つけられるような力をつけることが大切で,そのために学習スキルや動機付けが必要だというのです。暗記主義に陥らないためにも,評価方法は大切で,暗記型の試験をしていては,学習方法の改善は見られません。リメディアル教育や初年次教育の実施にあたっては,誰がどのように担当していくのかという問題を考える必要があります。

ディスカッションでは,e-learningをうまく活用した大学のリメディアル教育について事例が紹介されました。また,首都圏の国立大学の参加者からは,現役の高校の先生に「物理」と「数学」の補習を行ってもらっている例が紹介されました。リメディアル教育の成否は,「大学が制度をきちんと作ること」が肝要だということです。

リメディアル科目の単位化の是非をめぐっては,「最初は,単位という外発的な動機から入ってもかまわない。受講している間に,役に立つということを学生が知り,内発的動機に変えていけばよい」という指摘もありました。

また,高等教育の情報誌「Between」の足立編集長は,自身の取材経験から,「FDをうまくやっている大学は,キーワードとして,学生をうまく活用している」という話を披露されました。岡山大学などの具体的な実践例をいくつか挙げ,会場でも多くの参加者がメモを走らせる姿が見られました。
4時間に及ぶシンポジウムでしたが,大学教育の根幹に関わる切実なテーマだけに,聴衆の熱気が最後まで感じられました。

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